先日の「ザ!世界仰天ニュース」で東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が取り上げられ話題になりましたね。
この事件は1988年~89年に起きた事件で、
幼女を次々と狙った卑劣な犯行と被害者宅に骨の入ったダンボール箱を置いたり犯行声明を送るなど残忍で異様なことから当時話題になりました。
犯人の名前から宮崎勤事件として知られています。
犯人の宮崎の自宅の部屋には大量のビデオテープがあり、かなりのコレクターだったようです。
そんな宮崎勤の自宅はどうなっているのか?生い立ちは?
現在の自宅や生い立ちについて調べてみました。
宮崎勤の自宅は大島てるでどこ?
宮崎勤の自宅は大島てるのサイトで確認できます。大島てるといえば事故物件マップで有名ですよね。
このサイトで調べてみると住所が載っています。
宮崎勤の自宅住所「東京都 あきる野市 小和田180」
宮崎の自宅住所の上空写真はこちらです。
自宅は新聞社と印刷所を経営していたようなのでかなり広い土地ですね。
宮崎勤の自宅跡地は「和み広場」へ
現在、自宅は解体され空き地となっています。
2023年の現在は和み広場として地域で活用されているようですね。
宮崎勤の生い立ちとは?
宮崎勤は父が新聞社と印刷所を経営し、祖父が町会議員という地元では有名な裕福な一家の長男として生まれました。
しかし、両親共に仕事が忙しく祖父と住み込みのお手伝いの男性が面倒を見ていたそうです。
また、生まれつき手に障害があり幼稚園のころからそれをかなり気にしていたそうです。
高校時代は手の障害を気にして通学に2時間もかかる学校に通いますが成績は悪くなっていったようです。
短大を卒業後は叔父の紹介で一度就職しますが、長続きはしませんでした。
その後、両親の家業を継ぎますが、簡単な仕事をサボるような状態だったそうです。
このころにアニメの同人誌を発行したりビデオサークルに加入したりしますが、言動や態度から仲間からは嫌われていたようです。
この様な状況のなか心の支えだった祖父が他界します。事件はその後に起きています。
宮崎勤の事件に対する世間の声
まとめ
宮崎勤事件は幼女を狙った犯行の残忍さや犯行声明を送り付けるなどの異様さから当時ワイドショーや週刊誌などでもかなり取り上げられていたそうです。
宮崎の部屋にあった大量のビデオテープからアニメや特撮、ホラー映画のオタクに対するバッシングも多かったようですね。
今後の世の中でこの様な事件が再び起きないことを願うばかりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
コメント